Franco Gulli先生

 フランコ・グッリ先生は本当にチャーミングなイタリア紳士だった。

おしゃれな人をほとんど見かけないアメリカ中西部の大学キャンパスで、一人だけイタリア製の三つ揃いのスーツを着て、夏にはパナマ帽をかぶり、エレガントな仕草で葉巻を吸っている姿は、完全に周りから浮いていた。

そして廊下ですれ違うと、優しい笑顔を浮かべて、

"Hello, beautiful!" などと声をかけてくださる。

これでハートがとろけない女性がいるわけがない。先生のファンの女性は多かった。

奥様のEnrica Cavallo先生もピアノ科の教授として教えており、奥様の方は昔

ベネデッティ・ミケランジェリの恋人だったという噂だったが、本当かどうかはわからない。

 

 グッリ先生は幼い頃から、教本で有名なセヴシックの弟子であったお父さんの手ほどきを受けた。その後ヨーゼフ・シゲティにも師事している。

先生のレコーディングでは、パガニーニの協奏曲第5番が有名だ。パガニーニの協奏曲はほとんど1番しか弾かれないが、実は6曲あるらしい。先生の艶のある美しい音と、イタリア的な明るさに溢れて、輝くように美しいパガニーニだ。他にもモーツァルトの協奏曲全曲、奥様と一緒に弾いているベートーヴェン、メンデルスゾーン、R・シュトラウスのソナタなどがある。メンデルスゾーンのソナタと、ピアノとヴァイオリンのための協奏曲が入ったCDも、私のお気に入りの一枚だ。先生がいつ頃録音されたのかはわからないが、若さと憧れ、情熱がほとばしるような演奏だ。

 

シゲティとグッリ先生
シゲティとグッリ先生

 あるとき先生がレッスン中に部屋を出て行かれたことがあった。ピアノの上に先生の楽器が置かれているのを見て、先生が美しい音を奏でる楽器が何なのか知りたい欲求に駆られ、近寄ってf字孔の中をそっとのぞくと、そこにはStradivariusの文字があった。

 

 先生にお借りしたセヴシックのポジション移動の楽譜は、ついにお返しできないまま日本に持って帰ってきてしまった。

先生、ごめんなさい!先生の名前の入ったこの楽譜は、今でも私の大事な宝物です。