ヴァイオリニストの家探し

 音楽家にとって、住まい探しは頭を悩ませる問題の一つである。

 広い一軒家に住んでいるか、又は持ち家のマンションに防音工事を施すことができれば、問題はない。しかし、都心の賃貸マンションとなると、一日何時間も音を出す以上、ご近所に気を遣わなくてはいけない。

 私も東京で何度か家探しをしたことがあるが、検索してみると、楽器可のマンションはほとんどヒットしない。音大がある、西武池袋沿線、京王線沿線などには、音大生専用のマンションが集まっているが、全て狭いワンルームマンションである。わずかにヒットした楽器可のマンションは、問い合わせてみると、アップライトピアノなら可、でもヴァイオリンは不可、ということも多い。

 ピアノの方がはるかに音量も大きいし、床から直接音が伝わるのに、なぜヴァイオリンばかりが嫌われるのか理解できないのだが、友人にその話をしたら、

「でも、下手なピアノは一応聞けるけど、下手なヴァイオリンは聞いていてかなり苦痛かも。」

と言われ、何となく納得した。

 

 アメリカでは、地震がないため、マンションの造りが日本に比べて一般的に安っぽく、壁が薄い。しかも日本に比べ、騒がしい文化なので、週末になるとパーティで夜中の2時まで音楽をガンガンかける、庭や道路で叫んで騒ぎまくる、車の窓全開でラップ音楽を最大ボリュームで聴いて走り回る、キッチンのキャビネットのドアを荒々しく閉めるので、その音が壁を通して響いてくる、など、イライラさせられることも多かったが、その分他人の出す音にも寛容なのか、文句を言ってくる人はいなかった。

 

 学生の時、朝の7時から大音量でロックを聴く隣人がいた(しかもスピーカーをこちらの壁にくっつけているらしかった)。ある日お茶を飲んでいたら、ティーカップがソーサーの上で振動して、カチカチと小さな音を立てるほどひどかったので、さすがに耐え切れず、文句を言いに行った。すると、中から、全身黒装束で、目の周りも黒く化粧をした、ゴス(goth、アメリカでも存在する)系の男性が出てきて、こちらの言ったことに何の返事もなく、ドアを目の前でバタンと閉めた。

 そして翌朝、私のアパートのドアの表側にかけてあったリースが、突然消えていた…。

 

 日本では昔、一人暮らしの男性が、階下から聞こえる子供のピアノに耐え切れず、とうとう母子3人を殺害してしまった「ピアノ騒音殺人事件」なるものがあったらしい。気に入らない人間の出す騒音はいっそう気になるものなので、隣人とはできるだけ普段からいい関係を保っていたほうがよさそうだ。