大人のレッスン

 近頃、大人の方で、趣味でヴァイオリンを習う人が増えている気がします。

休日になると、都内で電車に乗っていると、ヴァイオリンを背中に背負った大人の方を実に多く見かけます。彼らの全てが音楽を職業としているとは思えないので、きっとアマチュアでレッスンに通ったり、オーケストラのリハーサルに参加しているのだろうと想像しています。

もともと自国の文化であったわけでもない西洋音楽を、これだけ愛好し、学ぼうとしている日本人の向学心や、異文化への興味には、つくづく感心させられます。

 

 私自身も、何人もの大人の生徒さんたちを教えています。昔少しだけ弾いたことがある方もいれば、まったく初めての方、子供のころはピアノを習っていた、という方もいます。

 大人の生徒さんを教えることは、子供たちを教えることとはまた違った楽しみがあり、こちらが学ばされることもあります。子供は、自分がどういうところを難しく感じているのか説明する術がないので、こちらが子供の身になって、今どういったところで苦労しているのかを慮ってあげなくてはいけません。しかし、大人の生徒さんは、自分の直面している問題や疑問点を具体的に説明してくれるので、子供の頃から弾いている私には当たり前にできてしまうことが、どのように難しいのか気づかされることも多いのです。

 

 大人になってから始めると、当然のことながら、アドヴァンテージもあれば、ハンディもあります。大人は理論的に説明したことをしっかり理解し、実行しようと努力してくれます。逆に子供は人を真似ることによって学んでいくので、小さい子の見よう見まねで覚える吸収力は大人にはかないません。

 大人にとって一番のハンディとなるのは、やはり子供ほど身体が柔軟でないところでしょう。

ヴァイオリンの演奏では、手首をいかに柔らかく使えるかが、演奏の要となりますが、子供のときからずっと弾いている私たちの手首は、ダンサーの身体がやわらかいように、柔軟性があります。

 まず、左手は、楽器を持った時に手のひらが完全に左を向くくらいにぐるっと回るのが理想なのですが、日常生活で手首をこのように回転させることはほとんどないので、普通はそこまで回転しません。すると、小指が弦から遠くなってしまうので、その分もっと腕を内側にねじって弾くことになります。私自身、比べてみると右手より左手の方が柔らかく回転します。

 

指の配置でのチャレンジは、人差し指と中指をくっつけること、そして中指と薬指を離すことです。そもそも中指と薬指は、腱が独立しておらずつながっているので、一緒に動くようにできており、このような配置のときにどうしても音程が取りづらくなります。それでも何年かやっていると、柔軟体操と同じで、だんだんと手がフレキシブルになり、きちんと置けるようになります。

 

 右手もまた、ボーイングにおいて手首の柔らかさは欠かせません。腕から手まで一直線に固まったまま動くのではなく、手の平が風にあおられるように、手首から柔らかく動くことが、スムーズな弓の返しや、細かい音で必要となってきます。特にアップボウで元の方にきたときに、右手はかなり右方向に向くことになります。大人の方ですと、このときの手首の可動域も、子供より若干狭くなります。

 

ヴァイオリンが他の楽器に比べておそらく最も難しいところは、右手と左手が全く違う動きをすることでしょう。ピアノは右と左が全く違う音を弾いているとは言え、基本はどちらの手も鍵盤に指を置く、という動作をしています。ところがヴァイオリンは、左手は指で押さえ、右は横に弓を動かし続けるという、垂直方向と水平方向の運動を同時に行わなくてはいけません。大人になってから始めた方だと、どうしても右と左が連動してしまい、左手を押さえ始めた途端に右手の弓もぎゅうぎゅうと弦に押し付けられ、大変な音になってしまうことがあります。

まずは弓をまっすぐ動かせるようにし、腕のアングルが少し違っただけでも隣の弦に触ってしまうので、それぞれの弦での腕の高さを感覚的に覚え、0.5ミリずれただけでも変わってしまう音程をひたすら左指の感覚を頼りに覚えていく、その辺りが最初の関門かと思います。