楽器のアクシデント

 子供の頃から長年ヴァイオリンを弾いてきた人なら、たいてい一度や二度は、楽器を壊してしまうというショッキングな出来事に遭遇している。 私の友人でも、落とした、ぶつけたなどはもちろんのこと、中にはチェロを車のトランクに載せ忘れて地面においたまま、車でバックして轢いてしまった人までいる(それでもそのオールドのチェロは復活して、オーケストラで弾かれていた。)

 毎日レッスンをしていても、座り込んだ小さな子供が、弓を杖代わりにして立ち上がるのを目にすることもあれば、子供の集中力が楽器からそれた瞬間、楽器が手を離れて床を転がっていることもよくある。 また、友人は子供の頃、練習をしないことに腹を立てたお父さんに、「そんなに練習が嫌いならやめちまえ!」と弓を折られたことがあるそうだ。

 

 私の楽器に関するアクシデントは、高校生のときに起こった。練習の合間に楽器と弓を何気なくベットに置き、そのあと、こともあろうに弓の上に座ってしまったのだ!お尻の下でボキッと折れたその感触は、今でも覚えている。もちろん両親にさんざん怒られたのは、言うまでもない。その経験はトラウマとなって、その後何年間も、悪夢という形で私を苦しめた。夢の中で弓の上に座ってしまい、ボキッとなったところでハッと目を覚ますのだ。

 馬の毛がだらりと絡みついたその折れた弓を、いったんはゴミ箱に捨てたものの、念のため拾い上げて弓の職人さんの所に持っ行ったら、折れた跡が全くわからないくらいきれいに直してくれた。今でもときどき使っているが、もちろん価値は全くなくなってしまった。

 

 今存在しているオールドの楽器は、300年ほど、奇跡的に致命的な事故に合わずに生き残ってきた楽器なのだ。(事故にあったあと、パーツだけが他の楽器の一部となっているものもあるが。)オールドの貴重な楽器を持つということは、自分がそれを所有しているというよりは、その楽器の長い歴史の中で、一時期だけ使わせてもらっているということなのだ。

 

 古い名器は、何かをこちらに訴えかけてくるような特別なオーラを漂わせている。これまで幾人の手を渡ってどんな運命をたどってきたのか、想いを馳せずにはいられない。