ヴァイオリンを演奏している姿は、一見優雅に見えるかも知れません。しかしながら、実際にはヴァイオリン演奏は大変な肉体労働で、不自然な身体の使い方を強いられています。頭はいつも少し左を向き、左腕は前へ伸ばしてぐるりと左へねじり、右腕は高く持ち上げたまま、何十分間も耐える。普段の生活で、こんな姿勢をとることはまずないでしょう。私も子供の時に一番下の弦(G線)を弾き始めた頃、腕をずっと上げているのがとてもつらかった記憶があります。

 

 ヴァイオリンは、数ある楽器の中でも、もっとも不自然に身体を使わなくてはいけない楽器と言ってもいいでしょう。当然のことながら、ヴァイオリニストには肩こり、腱鞘炎などの問題がいつも付きまとっています。私の友人には、マッサージ、整体などの常連もたくさんいます。

   私がアメリカのオーケストラで仕事をしていて、毎日リハーサル、演奏会の連続だったころは、朝目覚めると、身体の横で、左手は手のひらが上向き、右手は手ひらが下向きで、ヴァイオリンを弾く姿勢になっていることがよくありました。これでは背骨、骨盤のどこかが歪んでいても不思議ではないと思います。

 

 さて、演奏するときの姿勢ですが、目の前の楽譜に夢中になっていると、どんどん頭が前に出て、猫背になりがちです。でも、コンピューターに向かっているときと同じで、この姿勢は頭の重さが首に負担をかけ、首や肩の痛みを引き起こします。

 理想的な立ち方は、ヴァイオリンを持って壁を背に立って、足から背中、頭まですべてが壁につくようにした状態から、足元にちらっと目を落として見る感じにして、楽器をあごではさむ。これで完成です。

 ヴァイオリンを習い始めたばかりのときに、あごではさんで手を離しても楽器が水平に持てるように教えられると、落とさないようにと肩に力を入れて持つ癖がついてしまうことがあります。あごは本来あご当てのカーブに引っかかるようにできているので、あとは足元のチラ見だけで、楽器は落ちることはありません。首はいつもスッと長く伸びたイメージです。

 このようにヴァイオリンをあごではさんだ状態で手を離すと、ヴァイオリンは水平にはならず、少し下を向きます。これを、左手で支え、床と水平になるように持ち上げます。手と肩の二点で支えられているのが理想的です。楽器は、手で少し上下させることができるくらいの余裕が必要なので、首にガッチリ挟まってびくともしないようだったら、肩当が高すぎるか肩が上がっているかのどちらかでしょう。

 

 次に、腕は、赤ちゃんを抱きかかえるように丸く前へ伸ばします。長年オーケストラで演奏をしているヴァイオリニストには、健康面ではいい事とは言えないのですが、「両肩が前に出ている」人が多いです。逆に、子供はまだ背中がまっすぐなため、ときどき右肩が後ろに引かれて、ヴァイオリンを弾くというよりは、アーチェリーをする格好になっている子がいます。しかしこれでは弓がどんどん斜めになってしまうので、少し前に出すことは必要となります。

 

 時々見かけるのが、弾いているときに、ひざが突っ張って棒のようになっている人です。最近もやるのかはわかりませんが、昔は立っている人の背後から、ひざの後ろを自分のひざで押してよろけさせる「ひざカックン」という遊びがありましたが、これを生徒さんにやったら転げてしまうのではないかと思うことがあります。

 ヴァイオリンは上半身だけが動いているように見えますが、実は足の先から頭まで全てを連動させて弾いているので、腰から下が固まってしまっていると、上半身動きの幅がとても狭くなってしまいます。ひざは一番後ろまで持ってこないで、わずかに前に出て、柔らかい状態にし、しかも重心は足のかかと側ではなく、前半分にかけるようにすると良いでしょう。試しに歩きながら弾くことができれば、それは足がリラックスしている証拠です。

 

  ヴァイオリンを弾く上での技術上の究極の課題は、いかに脱力しながら、必要なところだけはエネルギーを集中させて弾くかということです。

 以前に後藤龍君の演奏を見たとき、普通に楽しくおしゃべりをしながら笑っているような表情で、超絶技巧の曲を楽々と弾きこなしていました。きっともう脱力なんていうことは超越してしまっているのでしょうね。技術的にこのレベルまで到達すれば、あとは純粋に音楽だけを楽しむことができて、さぞかし楽しいんだろうなと思います。

 

桐朋高校時代の体育の先生の言葉

「運動選手も演奏家も、素晴らしいプレーヤーの動きは美しい」